■□ フォトダマ通信 Vol 78 完「スリランカへの旅・メールマガジン終了」の巻 □■

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2007.12.27 記
 12月初旬、私はスリランカを訪ねた。
旅のきっかけは、土佐アートカウンシルでお世話になった高知市のO氏から見せ
てもらった一枚の写真だ。空撮された円錐形の山の頂には、寺院のような施設が
写っていた。この山は、スリー・パーダと呼ばれるスリランカ随一の聖地で、こ
の山頂に残された聖なる足跡が、宗派を超えて信仰されているという。
宗派を超えた聖なる山といえばチベットのカイラス山を思い起こすが、 私はその
山に行きたいという衝動に駆られ、スリランカへ飛んだ。

 初めての地、スリランカに入るとアヌラーダプラ、ミヒンタレー、ダンブッラ
の仏教遺跡、シーギリアロックなどを巡った。寺院や宮殿跡に点在する 多くの巨
石、巨岩との出会いに興奮しながら最終目的地であるスリーパーダの登山口のナ
ラタニヤ村に到着する。
宿で登山ガイドを頼んで一休みをする。翌、深夜2時を過ぎた頃、 60代後半の男
性ガイドがやって来てスコットランド人女性と私と連れ合いの4人で、聖なる山
へ登り始めた。暗闇の中、懐中電灯で照らしながら歩いて行く。ふと天を見上げ
ると、眩いばかりの星々が写し出されていた。

 スリー・パーダ(仏足山)は別名アダムス・ピークとも呼ばれる標高 2243mの
山で、スリランカの巡礼者はご来光の時間に合わせて山に登り、山頂の岩の聖な
る足跡の前で祈りを捧げる。
仏教徒たちは、この足跡を仏陀がスリランカを訪れた時に残したものと信じている。
また、ヒンドゥー教徒はシヴァ神のものと信じ、イスラム教徒はアダムが地上に降
りたときのもの、キリスト教徒はアダム、あるいは南インドに初めて来た使徒、
セント・トーマスのものと考えているという。この山を四大宗教の人々にとって
聖地として信仰しているというのは、不思議だが面白い。

 3時間あまりで山頂に辿り着くと、何人かのヨーロピアンのグループがやって来た。
皆、寒さを堪えながら日の出を待っていた。やがて太陽が登ると山頂のフェンスに囲
まれた施設の鍵が外され中に入ることができた。そこには、岩塊の上を覆うように寺
院が建てられていた。人々は、裸足になり寺院を参拝し、ベルを鳴らしていた。

 この岩塊に、足跡があるのだろうか。建物は堅く閉ざされていて中を確認すること
は出来なかった。岩塊を見ながら、やはり人々は石を拠所としていることをつくづく
感じさせる。それは、日本のイワクラ(磐座)信仰と同じであると。
 この山は、スリランカにシンハラ族が移住する以前から住んでいたウェッダー族の
山の神サマン信仰から始まった。やはり、元々あった山岳信仰の聖地だったのだ。

 思い返せば、私が石に目覚めたのは沖縄の聖所空間ウタキとの出会いからだ。その
後、日本と世界の聖地を遍歴しながら聖地にある石・岩の存在が共通した役割がある
ように感じた。人々がイワクラや巨石の前に佇んだ時、石そのものの記憶が呼び覚ま
され、その聖地性が多くの人々を引きつける何かがあるのだと思う。そして、石の記
憶に立ち返ることができれば、国や宗教や民族を超えた普遍的なものを共有できるので
はないだろうか。民族的な対立や紛争が止まない、このスリランカにおいて宗教を超
えた聖地が存在することは、未来への平和の希望を感じることができた。 
大袈裟に言えば、人類が巨石やイワクラへの思いに立ち返ることができれば、そこに 
は人種、民族、国境、宗教などの差意識は無くなるのだと思う。



今回で、メールマガジンの配信は終了致します。これまで、読んで下さった方々に心
よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。
今後、私の近況はホームページでお届けします。

●須田郡司オフィシャルウェブサイト
http://www.sudagunji.com


最後になりますが、2008年1月15日に新しい写真集『日本の巨石〜イワクラの世界』
(A4変形、カラー80頁、定価 2940税込)をパレード出版より発刊する運びとな
りました。
この写真集は、3年間の日本石巡礼で出会った沖縄から北海道までの石の中でも、特
に印象に残るものを納めています。日本には、実に魅力的で存在感のある巨石が多く
存在するかを知って頂けると思います。本の副題のイワクラは、磐座 (いわくら)の
意味もありますが、カタカナにすることで、もう少し広い意味「人と関わる巨石」を
含めた形で使わせて頂きました。
巨石にご興味のある方は、ぜひご購入下さい。宜しくお願い致します。
詳しい購入方法は、ホームページをご覧下さい。

                           師走・高麗山の麓にて
                                  須田郡司拝

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