■□■□■□  フォトダマ通信 Vol.74「宮村岩部神社の磐座」の巻    ■□■□■□

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2006.9.21 記

 大聖寺駅から加賀市宮町に入ると、カーブに差し掛かった左手に石の鳥居が
目に入った。車を停め近付くと鳥居の横には、式内社宮村岩部神社と石坂に刻ま
れていた。鳥居を潜り、中に入ると奥に社殿があり所々に太い樹々に囲まれてい
た。神社でお参りを済ませ、ゆっくりと社の後ろを周ると、社の真後ろに高さ2
メートルほどの六角形をした塀が現れた。塀は土壁でできていてかなり立派な作
りだ。塀の中から数本の木が天に向かって伸びている。入口には木造の戸があり、
しっかりと鍵が下ろされ中を覗くことすらできない…。

 10月17日、新潟県長岡市にある長岡リリックホールでライフフォーラム「生き
る」があり、記録写真の仕事をさせてもらった。鎌田東二さんのナビゲーターに
よる哲学者・梅原猛氏の講演と対談は興味深いものだった。翌朝、北陸自動車道
で石川県加賀市へ向かった。
 数日前、茨城の友人の紹介で、彼女に急な仕事依頼が入っていたのだ。ある保険
会社の陸上部が加賀市の旅館で一週間の合宿をするため、そこで料理のアシスタン
トをしてもらえないかという内容だった。私は北陸石巡礼を考えていたので、しば
らく加賀を拠点に北陸を巡ることにした。

 加賀に入った翌日、私は加賀市役所の観光課と教育委員会で、石情報を訪ねた。
ほとんど収穫は無かった。「何かあったら、連絡をします」という教育委員会の方
の言葉に期待をせずに待っていると、しばらくして電話が入った。
 「加賀市では、一件だけ磐座を紹介できます。それは、宮町の宮村岩部神社の
磐座です。」と言う。教育委員会の方に依れば、この岩部神社は、石そのものをご
神体としていた。昔、石を覆うように屋根を造営した時、一晩で建物は壊されたと
言う。連絡を受け、私はさっそく宮町にある宮村岩部神社へ向かった。

 宮村岩部神社は集落の横にあった。手水や社務所も無く、やや寂れた印象を持ったが、
六角の塀の作りは、立派な過ぎる。中の御神体は、どのような石が祀られているだろう。
そう思うと、塀の中を見たいとう衝動が湧き上がる。しかし、その日は、建物の外見だ
けを撮影して神社を後にした。
宮村岩部神社のことを調べようと思い、私は加賀市立図書館へと向かった。

 教育委員会の方に聞いていた「橋立町の歴史」(橋立町教育委員会発行)を見ると、
宮村岩部神社のことが次のように書かれていた。
『延喜式神名帳に、宮村岩部神社と載せてある。宮村とあるところから延喜時代既に
村があったと考えられる。この神社は、天つ神が田尻川口辺りに上られたので、御師
達は今、田地になつて居る細長い谷、通称押谷を押上げて宮村の現神社辺迄まで来る
と、どうしても動かなくなつたので、ここに斎き奉つたのが始まりであるという。
御神体は大きな石で、本殿はなく、土塀で囲ってある。これは大石が神の座として考
えられた古い信仰を示すもので、神の座がいつしか神そのものとして、崇拝の対象に
変って行った過程を物語っているものだと云われている。この神社は、本殿を何回も
建造にかかつたが、その都度天災等が起つて成就せず、宝暦八年の如きは、建立間近
まで工事が進んだが、大水が出て建築資材が皆流失しまったとさえ伝えられ、本殿造
営は神の思召に反するのだと、今でも本殿が無いのだと云われている。…宝暦の頃は、
この神社の最も繁昌した時代で、参詣者引きも切らず、田畑の間に通じた道が、京の
四条五条の大通のように、賑わったと「三州奇談」に載せられている。高尾の鳥居山
遙拝所や能美郡串辺に遙拝所様なものが出来たのも、この頃である。これは、ときか
み大王への信仰が、この神社に附加された為だといわれ、御神体の巨石は大木の二股
に分れている間にはさまれていて「しやくじ」の信仰へと転化して行ったとの説もあ
る。…』(残念ながら三州奇談の中の、その引用箇所は見つけられず)

また、橋立町史には
『…近在の古老は口々に、「宮村のお宮さんは古―い有り難―いお宮さんや」という。
「御神体を見たものは目がつぶれる」という。…』とも記されていた。

 翌日、私はふたたび宮村岩部神社の境内にいた。辺りには誰もいなかった。
どうしても中を見たい、という衝動は押さえることができない。日本石巡礼をしている
私に取って、石を見ることは、どこか使命に近いものを感じていた。

 私は、中の御神体に手を合わせ不謹慎とは思いつつも、塀をよじ登ることにした。
何とか塀に上ることができ、恐る恐る中を覗いて見た。すると苔むした小さな石が、数個
置かれているように見える。それほど巨石ではない。その石の周りから大木が数本、ま
るでアンテナの如く生えている。
 「御神体を見たら、目がつぶれる」と言われている石。それを尊い教えてとして、
村人が守り続けていることも理解できる。しかし、御神体を塀の中だけに閉じ込めて
は、新しい時代は開かれないような感じもしている。もしかしたら、宮村岩部神社の石
は今の状態に対して何かを思っているのかも知れない。それは、私にはわからない。
 しかし、石を見た時、どこか幽閉されているような寂しさを感じたのだ。石も、人々
に触れ親しまれたいのではないだろうか、と…。

 幸いにも、まだ目はつぶれていない。しばらく北陸石巡礼をつづけよう。
                 加賀市の片野海岸にて
                        すだぐんじ 拝


加賀市の宮村岩部神社の写真はこちらで見ていただけます。
http://tengun.seesaa.net/

●石巡礼と石のかたりべの軌跡
9/25…浅草寺主催第610回仏教文化講座で石の語りべ(新宿・明治安田生命ホール)
10/7…イワクラフォーラムで石の語りべ(大阪・アピオ大阪小ホール)
10/13…岐阜 金山町の岩屋岩陰遺跡の巨石
10/17…新潟 三条市の八木ヶ鼻岩、弥彦村の獅子ヶ鼻、立神岩
10/20…石川 加賀市の宮村岩部神社の磐座
10/21…石川 加賀市の加賀吉水片野荘で石の語りべ

◎お知らせ
・須田郡司オフィシャルウェイブサイトがリィニューアルしました。
新しいアドレスはこちらになります。
http://www.sudagunji.com
日本石巡礼で出会った石や過去の写真もアップしましたので、どうぞご覧下さい。
◎日本石巡礼の終了間近に
2003年10月にスタートした日本石巡礼は、三年間が経過しました。
今年の11月をめどに区切りをつけ終了する予定です。12月からは、これまで撮り
ためた石の写真の整理と本の出版に向けての籠りの作業が始ります。
いま、日本石巡礼の旅の奇跡を色々な形で本にしたいと思案しつつ、何人かの方に
相談しております。この活動と奇蹟に興味を持ってくれそうな出版社等をご紹介い
ただける方がおりましたら、ぜひご連絡を下さい。

どうぞ宜しくお願い致します。
須田郡司拝
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