■□■□          フォトダマ通信 Vol.38 「石の意志」の巻            ■□■□

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2005.06.25記


今月初旬、宮古島に住む友人から次のようなメールが届いた。
『郡司さんへ
四国お遍路お疲れ様でした。
郡司さんの活動を通じて”磐座”を知る事ができました。
"磐座”は、その場所のもつ磁場を具現化したもので、そこに暮らす
人々の精神の基層であったんだなと感じました。
私は、人の暮らしの中心に信仰が必要だと感じているものですが
宗教以前には、自分が暮らす場所にある磐座に、事あるごとに
チューニングをし、全ての母体である地球に繋がっていたんだろうなと
想いを馳せました。郡司さんは磐座のように派手ではないので
後の人が磐座に社をつくって分かりやすくしたように、わたしも
郡司さんの活動を自分なりに伝えていける社になりたいと思いました。』

どこか、励ましをいただいたような嬉しい便りだった。私の活動をそのように捉え
て下さる、友人の言葉に感謝したい。日本石巡礼に出立して一年と八ヵ月になるが、
磐座はそこに住む人々との交感を必要としている。そんな思いが強くなっている。
友人の言う[磐座に、事あるごとにチューニングをし、全ての母体である地球に繋
がっていた…]との感覚に共感する。宗教以前の世界の人々は、自然への畏怖心を
持ち、自然との対話の中で共に生きるという謙虚な姿勢があったと思う。それが信
仰心ではないかと。今日では、逆にネイティブな人々からそれらの知恵を学んでい
る。また、興味深いことに今の日本には伝統的な磐座だけで無く、別な形の「石の
聖地」が生まれている。沖縄・宮古島の新城さんの石庭、そして高知・足摺半島の
北代さんの石庭などだ。それは、あたかも石の声を聴く者によって現代人へ何かの
メッセージを提示しているかのように見える。
石には、様々な人々との物語(関係性)があり、それを石巡礼という旅の中で見せ
ていただいている。

                          

高野山から再版本のデータを取りに、群馬に一時帰郷した際、高知のある方からメ
ールが届いた。それは、足摺半島に住む北代さんの体調がすぐれないとの知らせだ
った。急遽、私は再び四国の足摺半島を目指した。

足摺半島にある石庭と出会ったのは、今から5年半程前になる。
唐人駄場周辺の巨石群の撮影している時、高知の友人の紹介で初めてその石庭の前
に立った。小さな丘の上に巨石が組まれたようにたたずみ、まるで古墳のように見
える。巨石と周りの石の配置を見たとき、それは磐座の存在を表に出すために作ら
れた庭園のように思えた。
この石庭は、北代さんという方がひとりの力で三十年近い歳月を掛けて作られたも
のだった。その石庭と出会ってから、何度も足摺半島に通いながら石庭を訪ねた。
北代さんや彼のお母さまからのお持て成しをいただき、石への思いをお聞きしてい
た。
「初心を忘れずに、十年つづけたらモノになる」と北代さんの言う言葉を自分なり
に受けとめ、一昨年、日本石巡礼キャラバンをスタートさせた。
私にとって北代さんは、「石の意志」を語ってくれた方であった。

北代さんは、二十歳を過ぎた頃から山に開拓に入り、当初みかん農家を志したと言
う。命をつなぐものとして、無農薬でみかん栽培を始めたが、当時は農薬をふんだ
んに使う農家がほとんどで、周りのみかん農家とのトラブルになり、しだいにみか
んを作ることを断念せざるを得なかった。
二十歳から約六年間、ローソクの火を灯しながらの生活は貧困との戦いでもあった
が、すべての原点を学んだという。自分と言う存在の小ささを知り、開き直りから
死んだ気になって生きることを学んだ。その頃、開墾をしながら農地にならない岩
山の存在を意識しはじめたという。

「目に見えるものとして残したい」との思いから、しだいに石の庭園作りに取り組
まれたという。
三十歳を過ぎた頃、自分を動かす力を意識し、それは自分の力では無く何か別な力
のようなものを感じたと言う。
石庭作りには、さまざまな難問が待ち受けていた。もともとあった石と後から据え
た石のバランスなど、答えを出すまでには時間がかかったという。行き詰まった時、
座禅をするように石の上に座り、自分自身と対峙する。石と問答をする。答えはな
かなかでない。
石は、自分の意志だけでは動かせないことを知った時、導かれるように石の据え場
所が分かってきたという。
1998年、ある日本人の考古学者の研究により、古代人が信仰していた風神様であっ
たとの仮説を知らされた時、北代さんは「ここに来た事の意味が分かった」と言う。

実際、この石庭は黒潮の接岸するウスバエに近く、太平洋から吹き上げるの風のラ
イン上にあり、石庭の配置は、ギリシャ神話にでてくる風神「アネモス」を現わし
ていた。
いつしか、石庭に自然と人々がやってきて音楽や歌や踊りなどを奉納するようにな
った。石庭からさらに上がった処に喫茶アネモスをオープンし、石庭に魅せられる
人達の集う場所になった。

北代さんは、これまでの石庭作りを振り返るように語った。
「石庭は、ある存在によって作らせられたように思う。石はすべてに通じ人を見、
かつ人を見据える。そして、石そのものは大小に関わらず力があることを知った。神
の声が聞こえるように自分が成長してゆかないと石庭作りはできなかった。そのプロ
セスが神の存在を信じ、自然の畏れを学ぶことだった。」

さらに続けて
「石庭は、人を見抜く力を教えてくれ、人の器を石が見せてくれた。石庭作りは自分
にとって修業の場を与えてくれた。この世の修業は、お金が無いところからスタート
するが、必要以上のお金はいらない。満足することも大事だ。自分の生活と夢の両輪
を動かし、意識しながら生きてゆくと夢も芽生えてくる。一生懸命生きてゆきながら、
石のメッセージを受けとめ、すべてを受け入れる。六感をフルに働かせアンテナを張
れば社会全体が見えてくる。」

最後に、あの世を見据えるように語った。
「この世で学んだ力は、あの世で試されると思う。死とは元の自分に帰れることで、
その時、神さまのもとでもう一度庭を作りたい。そして自分を高めたい。すべてが
《神の意志》で働いている。生きていることも死ぬことも、見えない力のお陰だ。
死は淋しいが、この世からの新たな旅立ちである。」

お話を伺った後、私は北代さんと家族の方々の写真を撮らせていただく。
レンズの向こうで北代さんは、やさしく微笑んでいた。
最後に石庭を巡り、風神アネモスにも別れを告げ、足摺半島をあとにした。
今後も、北代さんの石庭や喫茶アネモスには、縁ある人々が訪れることだろう。
走るフォトダマ号の中で私はある決意をした。北代さんの「石の意志」を受け継ぎな
がら、日本石巡礼をつづけようと。
 
   四国のとある海岸でお月さんを拝しつつ…
                        すだぐんじ拝

●今後の予定
6/25〜26忌部サミットin徳島
6/28〜7/3石鎚山登拝行in高知
九州上陸
7/5〜7/14宮崎石巡礼
7/16〜7/17イワクラサミットin宮崎
7/18〜7/22九州父子巡拝
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