□■■□             フォトダマ通信 Vol.32 「お接待」の巻          □■■□  
        
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三月下旬、その日は足の調子もよく、夜の十時すぎに須崎のトンネルを一人歩
いていた。夜のトンネルは歩き遍路者にとって受難だ。
猛スピードで通り過ぎる車のエンジン音は耳に突き刺さる。最悪はダンプだ。
激しい音と風圧に煽られ、排気ガスまで直接吸わされるはめになる。車が狂魔
に見えてくる。

ようやくトンネルを出ると、さらにもう一つのトンネルが見え、手前に一台の
乗用車が停車していた。邪魔な処に停めているなぁ、と思いながら近づいて行
くと、中から一人の女性が下りてきた。
「お遍路さん、どこまでゆくがですか?」
高知なまりの言葉だ。「私もかつて歩き遍路をしたことがありまして、これか
ら中村まで帰るので、もしそれまでに行けるところがあれば、車でお接待させ
ていただきますが」
その時一瞬迷った、しかし歩くことのこだわりがあったので丁重にお断わりし
た。「夜の道は、車は飛ばしていますのでどうぞお氣を付けて下さい。」そう
言って女性の車は走り去った。これまで何度か車のお接待の声がけをされたこ
とがあったが、女性からは初めてだ。しかもこんな遅い時間に。

三十分ほど歩くと、安和の集落に入った。コンビニでパンとつまみを調達し、
定員の方に近くでテントが張れそうな場所を尋ねると、安和駅を教えてくれた。
さっそく、安和駅近くの草むらでテントを張ることにした。安和駅は少し高台
にあり、そこから海を望むことができ、月は程よくのぼり穏やかな海を照らし
ている。
リュックから2リットルの月桂冠紙パックを取り出し、月明かりの海を眺めな
がら一杯といこう。このお酒は、今朝お接待でいただいものだが2リットルは
結構重かった。
お酒をいただくと五臓六腑に染み渡る。歩いた後のお酒は実にうまい。しかも、
お接待という心のこもったものはなおさらだ。微酔い気分になりながら、昨日
から今朝にかけての花虫八放さんのお接待を思い出していた…。

昨日、私は清滝寺の通夜堂を出発し36番札所青龍寺に向かって歩いていた。昼
すぎから雨が降り始め、青龍寺に着く頃には本降りになった。青龍寺に着くと、
先に奥の院をお参りしようリュックを山門に預け山に向かった。三十分ほど山
道を上ると奥の院が見えてきた。鳥居を潜ると、サンダルが置かれていたので
靴を脱ぎサンダルに履き変えて奥の院の前に進み、お経をあげようとした。そ
の時、後ろに誰かいる気配を感じた。後ろは振り返らずに、そのままお経を上
げ最後にムビラを奉納した。

後ろを振り替えると西洋人と見える男性が立っていた。挨拶を交わすと「それ
はどこの楽器ですか、いい音ですね」と綺麗な日本語が返ってきた。楽器の説
明をすると男性は興味深くムビラを奏でる。
帰り掛け、話ながらおりていると、どうもその男性はイギリス人で大学で日本
語や日本文化の教鞭をとられている方のようだった。彼が初めて日本に来たの
が、今から35年前、大阪万博の時だという。愛地球博に行くのかと聞くと、ま
ったく興味は無いらしく、万博はモントリオールでもう終わったと云う。

かつて二年間、関西に住んだ経験があるらしく流暢な関西弁で話す。
青龍寺に戻り、近くに、歩きお遍路さんのための接待処があった。看板に宝石
珊瑚工房「花虫八放」とある。奧で職人さんが何やら珊瑚を加工していて、「ど
うぞ、セルフサービスですがコーヒーやお菓子を召し上がって下さい」と仰る。
我々は遠慮無くインスタントコーヒーやお菓子、文坦などをご馳走になりなが
らしばらく歓談した。しばらくするとイギリス人はホテルに帰っていった。そ
の後、まだお参りしてなかった青龍寺へと向かおうと思い、お接待のお礼に職
人さんにチベットのカイラス山のポストカードを渡した。

「ほうっつ、チベットですか、ちょっとこれを持っていってください」と宝石
珊瑚でできた瓢箪の携帯ストラップをプレゼントしてくれた。お礼を云い、青
龍寺の石段を上がると雨足はさらに激しくなってきた。カッパを身に付けたま
ま、本堂、大師堂とそれぞれをお参りし最後にムビラを奉納する。
帰り掛け、工房の職人さんに外から挨拶をすると、手で拱かれ「今日、どこで
泊まるの?」と聞く。「宇佐大橋の下でテントを張ろうと思っています」と答
えると、「狭いけど、よかったら工房に泊まってください。雨は凌げますよ。
たまに、歩きお遍路をしているお坊さんにも泊まって頂いているんです」と親
切に言ってくれた。初対面の私に、仕事場である工房に泊まらせるとは正直驚
いたが、その親切心を素直に受け入れさせて頂こうと思った。

職人さんは、「ちょっと待って下さい」といい、何やら宝石珊瑚を加工をつづ
けている。しばらくすると、赤い宝石珊瑚のダルマが出来上がった。裏には、
私の名前を彫ってくれた。「お守りにして下さい。」と言って渡してくれた。
ビールとお酒はどちらが好きですかというので、両方好きですよと答えると、
缶ビールを二本と封を切らない日本酒を出してくれた。
お酒をいただいていると、あっというまに韮と卵入りのインスタントラーメン
をこしらえてくれ、さっそくご馳走になる。実に美味しい。
職人さんは、五十才までサラリーマンをしていてその後、脱サラで珊瑚加工職
人になったという。工房兼、ショップ兼、接待処をはじめて一年半になり、最
近、車で八十八ヶ所巡りも始められているらしい。
「お腹がすいたら、冷蔵庫の中のものを食べてください。夜は長いですから、
適当に飲んで休んで下さいね」そう言うと荷物をまとめ自宅へ帰られた。

何かあっけに取られたような感じがした。一人工房でお酒を頂いていることが
不思議に思える。これほどまでのお持て成しをいただけるとは驚いた。
久々にテレビを見ると、ちょうどNHKの大河ドラマ「義経」が始まった。初
めて見たがどうもつまらない、演技にリアリティーを感じられないのだ。旅を
つづけていると「いまここ」の瞬間の選択が絶えずやってくる。その感覚には、
生のリアリティーを強く感じる。一秒後、一分後、一時間後には、どうなって
いるか分からない。それが旅の醍醐味だ。

工房に置いてあった漫画「空海」(高知新聞社刊)を読ませてもらう。内容は
空海の半生を完結に伝えていたものだが、お四国をまわっているためか、人間
空海像が現実的に迫ってくる。八十八ヶ所靈場をはじめ、空海ゆかりの靈跡の
数々。いったい空海は何を伝えようとしたのか。
お遍路をして感じることは、四国には弘法大師空海への信仰が根強く残ってい
るということだ。特に、歩き遍路者への地元の方がお接待する背後には、お大
師さん(空海)への信仰心を思わせるものがある。
八十八ヶ所靈場のお寺は、儲けすぎという話も聞く。確かに経済的な仕組みで
作られた部分もあるだろう。しかし、「お寺」、「お遍路さん」、「遍路道」
はある種、三位一体として四国のお接待文化を育んできた役割は計りしれない。

夜も深くなるにつれ、雨音は激しくなってきた。橋の下のテントと比べたら何
とも極楽だ。今夜はゆっくり休めると思ったその時、激しい音が鳴り響いた、
コンプレッサーの音だった。それから一時間おきぐらいに鳴りびびくとは、思
いもよらなかった。結局、三回までその音に起こされたが、何とかうつらうつ
らと休むことができた。

朝五時起床、シュラフを片付けパッキングをすませると表は白みかかってきた。
六時に出発しようとインスタントコーヒーをいただいている時、職人さんがや
ってきた。「間に合ったてよかった、昨夜云うのを忘れたんだけど、コンプレ
ッサーの音にびっくりしませんでしたか」正直驚いたが、途中か慣れて何とか
眠ることができたことを伝えた。「どうぞ、朝飯を食べていって下さい。」そ
う言って、コンビニのオニギリと味噌汁をいただき、その上、お弁当とお酒ま
で持たせてくれた。お酒は、青龍寺さんからのお接待だという月桂冠2リット
ル紙パックだった。
花虫八法さんのお接待を受け取り、次の札所岩本寺へと旅立った。

お接待の心は、巡り巡って人々をつないでいる。おそるべし、お四国のお接待!

ふたたび土佐へ、花祭りに…
               2005.4.8  すだぐんじ拝

◆お遍路小記◆

3/26 土佐市のなっちゃん宅に車を預け、長浜まで車でお接待をいただき渓雪
   寺からお遍路を再開。天気晴れ、お遍路日和り。清瀧寺の立派な通夜堂
   に泊。「静かなる 通夜堂にてメール打つ 待つばかりにと 月はのぼ
   れり」
 
3/27 清滝寺を朝九時に出発。トンネル前の休憩場で逆打遍路者二名と話す。
   食材を買ったら雨。青龍寺の奥の院、本堂をお参り。花虫八放さんの
   工房に接待宿。「蛙泣く接待宿に雨と和す」

3/28 朝六時、花虫八放さんに朝食、弁当、お酒のお接待。雨のち曇り。安和
    駅近くで野宿。

3/29 七時出発。晴れ。夜遅くまで歩く。道路の土手下にテントを張ると朝方、
    凄い湿気。

3/30 七時出発。晴れ。海沿いの砂浜は心地よい。途中テントを乾かし四万十
    大橋手前で野宿。

3/31 七時出発。長いトンネルはきつい。浜道、山道はワイルド。一気に足摺
    岬まで歩き岬近くに野宿。
   「蕨採る姿も添える遍路道」
   「寂しさに桜便りと短メール」
   「文坦の心に染みるお接待」

4/1〜4/3 土佐清水にて葦船大作戦の葦船作りを手伝わせてもらう

4/4 べっちゃんの車であやちゃんに唐人駄場まで送ってもらいお遍路を再開。
    晴れ。唐人駄場で昨年あったフリーの坊さんと再会。土佐清水でジョナ
        サンにバナナもらう。高知に帰るのぶちゃんにお接待。土佐清水の道の
        駅に野宿。

3/5  朝七時半出発 途中、御沖さんに会いみかんのお接待。ある集落からの
      ら犬が一緒に歩き始める。周りの人に犬を連れて歩いていると勘違いさ
   れるが、休むと一緒に休みなかなか賢そうな犬だ。結局、39番札所延光
      寺までついてきた。延光寺駐車場に野宿。

3/6 朝五時起床、犬にパンをあげるのを最後にどこかへ消えた。39番延光寺
         をお参りする。天気は薄曇り。歩くには丁度よい。松尾峠は途中きつか
         った。ようやく愛媛に入る。峠で中年女性一人、実年の夫婦遍路者と会
     う。下りてくると桜が五分咲きなっていた。おばちゃんネーブル3個を
         お接待。川沿いを歩きながら、カラスが鷹を攻撃し闘っているのを見る。
         40番観自在寺をお参りし、内海のバス小屋泊。

3/7 夜明け前から雨。休みたい心境だが六時半に出発。柏からの峠越えはか
         なり疲れる。野兎みる。下りに雨あがり急に暑くなる。夫婦遍路者と会
         う。津野町の公園で昼寝。かなりハード、休み休みゆく。宇和島に近づ
         くと南国の面影。夜八時、和靈神社参拝。桜見宴会の人々。一人花見す
         る。和靈神社近くの公園に泊。「桜咲きお四国まわりも折り返し」

3/8 朝六時出発、晴れ。遍路道添いの桜並木に元気をもらう。十時すぎに41
         番龍光寺へ。稲荷神社が中心に配置され神仏習合の面影。少し歩いて42
         番佛木寺へ。歩くと車遍路の方にポカリとスナックのお接待。歯長峠を
         越え、うどん屋「大介」で食事。その後、43番明石寺をお参り。JRしも
         うわ駅まで歩き区切り打ち終了。



●フォトダマ通信後記

★   なっちゃんには今回、二週間もの間フォトダマ号を預かっていただき感謝
    します。ありがとう!

★  4/1〜4/3、葦船大作戦の葦船作り手伝わせていただく。全長16メートル
    もの葦船はすごい迫力と魅力がある。地元土佐清水や高知県内、県外からの
    応援ボランティアの方々との出会い。葦船は、実に多くの人々の力に支えら
    れなが作られ、またそのプロセス自身が学びの場のように見えた。
    キャプテン石川仁いわく「葦船はどこかへゆくかを人間が決めるのではなく、
    風が行き先を導いてくれるもの…」
    現実という荒波の試練を乗り切り、無事に航海できることを祈る!
                          
                                                                       ぐんじ拝
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