■□■  フォトダマ通信 Vol.28 「もう一つの、お遍路」の巻  ■□■

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「昔のお遍路には、悲しい物語があるんですよ…」と、ある初老のご婦人は、
そう語り始めようとしていた…。

もう何年も前になるが、お遍路について四国出身者の方からこんな話を聞いた。
遍路道には二つあって、一つはふつうの遍路道、そしてもう一つが病人遍路の 
道だったという。
病人たちは、様々な理由で遍路に出され死ぬまで歩く遍路者だった。村人達は、
丁重にお接待をして次の村へと送り出す。もし、 その村で亡くなると村で葬儀
をあげなければならないからだ。お接待のなかには、ここで亡くならないで、
どうぞお出かけ下さいとの思いがあったという。
お遍路には、弱者への「姥捨て山」的な意味もあったのかも知れない。

徳島で生まれ育ったご婦人は、これまで三回お遍路を体験したと言う。それは
彼女自身の因縁から、満願へと祈り歩く修行だったのだろう。
「昔の話ですが、かつては女性の地位が、男性と比べかなり低くなっていまし
てね。ある村の所帯持ちの男性が、ある一人者の盲目の女性と関係を持って、
それが世間に知られたんです。男性には何もお咎めは無かったのですが、その
盲目の女性は、村から追い出されたそうです。彼女にとっての旅立ちは、まさ
に死を意味していたんです。その女性は、結局二十七番札所あたりで行き倒れ、
死んだそうです。お遍路には、そういった悲話が あるんです。」

と彼女が語り終えた時、私はこの一週間あまり歩いた遍路道に随分、お墓が多
かったことを思い起こしていた。その中には、遍路なかばで死 んでいった方々
のものもあったのだと思う。しかし、死ぬまで歩かなければならない遍路者の
思いは、想像することすらできない。

そう言えば、十九番札所立江寺の手前に、お京塚という番外靈場があり、こん
な伝承があった。
亨和三年(1803)の頃、大阪新町で芸者嫁業中の「お京」は、要助なる者と深
く契って脱走、親里に帰り夫婦となったが、いつしか密夫をこしらえて、逐 に
密夫を手引きして夫を殺し、ともに讃州丸亀に上陸して四国巡拝を思い立ち立
江寺まで来た。お京の髪は逆立って寺の鉦の緒に巻き付き、不義の天罰を与え
られた。  

お京は懺悔して真人間に還り、一心に地蔵尊を念じて当地で余生を終わったと
いう「肉髪付鉦の緒 の由来」の主人公の塚だ。いわば、へんろ振りする不逞の
徒輩に対する天罰のいましめを顕彰する祈念塚だという。
(四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編  へんろみち保存協会会編より)

最近、NHKテレビの放映がきっかけで、地元で知られた遍路者が、実は殺人
未遂犯とわかり捕まった話は記憶に新しい。しかし、もし罪を犯した者が、遍
路体験によって真人間に生まれ変われるのなら、現代に限らず、ある面社会的
更生の役割もあったのではないかと思う。お遍路の中には、聖俗併せ持つ社会
の縮図を写す鏡の世界が見えてくる。 
江戸時代後期からしだいに、職業的遍路、病人遍路の頻出などの問題が表面化
したと言われるが、それだけお遍路の中には、様々な生き方をしている人々を
取 り込こめる重層的な包容力があったのかも知れない。

今日のお遍路ブームは、歩くことによる様々な「気づきの体験」が、猛スピー
ドで進む社会のなかで、自分を取り戻す切っ掛けになっているのでは無いだろ
うか。
しかし、社会生活を営む多くの人にとって、通しでお遍路をするだけでも最低
でも一ヵ月以上かかる。実際、お遍路をするとなると、かなりの覚悟とリスク
を 負わなければできない。そう思うと、今回の区切り遍路は、実に贅沢な体験
をさせてもらっている。


ここしばらく、山川町のメンヒル群(忌部の真立石など)、神山町の立岩神社
のイワクラ、穴吹町の古代祭祀遺跡磐境神明神社などの石巡礼を行なっていた。 
阿波忌部と石の関係の深さをあらためて認識する。

25日から歩き遍路を再開しようと思う。

    神山、ほぼ満月の楽音楽日にて    今生の生誕記念日に
                   2005.2.23   すだぐんじ拝


◆◇フォトダマ通信後記◇◆

☆ 2/17〜18 鳴門のナマステゲストハウスのまことさんにお世話になる。
  倉敷から来ていた七海さんと再会し、お連れ合いのトシさんの贅沢なライ
  ブ演 奏(ディジュ、声、その他民族楽器)を聴く。翌日、まことさんの
  案内で四国正心館の礼拝堂をお参りする。ここは幸福の科学総裁大川隆
  法氏の生誕の地。学 制服を身にまとい片手に鞄、片手に本を持つ金色像
  には驚く。まるで二宮尊徳のような。その後、徳島が生んだ巨人、鳥居
  龍蔵(人類学・考古学者)の記念博 物館へ。彼のスケールの大きい生き
  方に感動。博物館中庭のお墓をお参り。何とドルメン。夜、宮城ファミ
  リーとも合流しお母さまの誕生日会にも参加させて頂く。
  まことさん、素晴らしいご縁をありがとう!

☆ 2/19 トシさんのライブで出会った猛さんに、山川町の忌部の里のメン
  ヒルを案内してもらい、その後、カフェ・オ・ゴーゴーでイワクラの資
  料を見せ てもらう。猛さん、雨の中のご案内いただき感謝します。

☆ 2/22 穴吹町の白人神社の矢立て神事を見る。カフェ・オ・ゴーゴーの
  青木夫妻と合流し、イワクラを案内してもらう。青木さん、忌部サミッ
  トでの再 会を楽しみにしてます。

☆ 2/23  一日中、徳島市の地蔵院近くで溜め池を望みつつ、YomiuriWeekly
  の三月分までの原稿を書き終える。ちなみに、残すとこ6本で掲載で
 「石の 宝殿」「マニ石」「三徳山」「カルナック」「ペトラ」
 「ジャイアンツコーズウェイ」になる。夜、杖を忘れ再び神山へ。 


◎新たな連載スタートのお知らせ!

『日刊帝国ニュース』(帝国データーバンク発行)2月22日号から新連載を
 スタートします。
 毎月、二本の割合でフォト・エッセイで石を紹介させて頂きます。


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