□■■□   フォトダマ通信 Vol.25「石を祭る」の巻    □■□■   

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三重県紀宝町から熊野の山間に走ること一時間、そこは、切り立った斜面に棚
田を持つ小さな集落の姿があった。急な石段と見事なまでの石積みの風景を見
ると、まるでペルーかネパールにいるような錯覚に陥る。まさに奥熊野、辺境
の地といった感じがする。

一月四日、新生フォトダマ号は熊野の山の中を走っていた。車のすれ違いもや
っと、といった細い道をひたすら上って行く。先導する武和さんの車に何とか
ついてゆく。時おり武和さんの手が窓越に伸びると、そこには巨石の姿があっ
た。

昨年末、私は友人の音楽家長屋和哉の住む八ケ岳でしばらくお世話になり、大
晦日、雪降る道をフォトダマ号で伊勢に向かい、猿田彦神社で新年を迎えた。
新生フォトダマ号のご祈祷を終え、紀宝町のパッチワークハウスに向かった。
昨年、初代フォトダマ号のいくつかの荷物をまだ預かってもらっていた。

熊野の小使いさんこと武和定道さんに電話をすると、お客さんが来ているとの
事で挨拶もできないかと思っていたが、その後、パッチワークハウスでお会い
することができた。ちょうど、笛吹き奏者の福井幹さんも一緒に来られていて、
しばし歓談をする。その後私は、奥熊野かづら工房の原秀雄さんを訪ねること
にした。武和さんは、原さんをご存知で、書棚から「奥熊野かづら工房」原秀
雄・原水音著(芳賀書店)を取出し見せてくれた。
そこには数々のかずらアートの写真と、原水音さんによる熊野のエッセイが綴
られていた。武和さんは、道が分かりにくいのでわざわざ道案内をして下さった。

車はようやく十津川村の玉置山の麓、玉置川集落に到着した。原秀雄さんのお連
れ合い、原水音さんが出迎えてくれた。武和さんは、挨拶をしてそのまま新宮へ
帰られた。水音さんとは、昨年十月新宮で一度お会いしていた。その時、かづら
工房にもぜひ伺いたいと思っていたが、初代フォトダマ号のトラブルで行くこと
ができなかった。
原秀雄さんは、ちょうどダムに流木を拾いに長男の方と出掛けていた。家屋まで
の道には、たくさんの流木が並べられていて、しばらくお話してから、さっそく
かづら工房を案内して頂く。高台に作られた工房には、所狭しと天井から床まで、
かづらや流木がびっしりと置かれていた。

原秀雄さんから初めてお便りをいただいたのは、昨年の四月だった。
トラベルライターの森本剛史さんの主催する熊野エクスプレスに、原水音さんが丹
倉神社の巨岩信仰のことを投稿された際、森本さんがフォトダマ通信を紹介してく
ださり、読んでいただいていた。
そのメールには、原さんが最近、石に関心をもたれ「石を祭る」をイメージして古
木と石を組み合わせた作品を作られていて、今住まれている集落には玉置神社の玉
石社の末社があり、近くにもいくつかの石を祭る磐座があると書かれていた。
その時、いつかぜひ伺いたいと思っていた。

「石を祭る」という作品を拝見すると、流木の上に小さな石が配置していて、不思
議な世界を醸し出していた。
石はほとんど立ち姿で、小さな石神のように見える。
流木はさまざまな形があるが、どこか雲のようにも見える。石は熊野の神社や聖地
からいただいたものだという。原さんは小さな磐座をアートとして作られている、
そんな感じがした。
しばらくすると、原秀雄さんが帰ってこられ、石の話を伺う。石と流木との組み合
わせの難しさ、それは己の思いとは別のところから来ているようだ。この作品が、
ある場所に置かれることにより、場のエネルギーというか、ある種波動が変わって
ゆくように思えた。

その夜、お子さん達と一緒に夕食をご馳走になり、お酒をいただきながら色々なお
話を伺う事ができた。
原さんは、若い頃、福岡正信氏に師事し自然農法を学び実践されていた。
その後、渡米しカルフォルニア山中で電気も水道も無いところで何年か暮らす体験
をされ、日本に帰国し、奈良の十津川に移り住んだと言う。かづらアートの先駆け
的な方だ。また、お話を聞いていて驚いたのは、四人のお子さんをすべて病院や産
婆さんに頼らず、ご自分で取り出したとのこと。お子さん達を見ていると、どこか
逞しい。

翌日、朝食にお餅をいただいて、原さんは近くの神社と大丹倉を案内して下さるこ
とになった。集落の社は、立派な石の階段があり、小さい社の中には、丸みを帯び
た石が納められていた。
その後、淤渓谷や吊橋を案内していただきながら途中、フォトダマ号を道に置き、
原さんの車で大丹倉へ向かった。

しばらく走ると、大きな一枚岩の山が見えてきて、その岩山が大丹倉だった。
車は、山頂のわりと近くまで上ることができた。歩くこと数分、むき出しの岩肌が
大丹倉の山頂で、フェンスも何も無かった。岩を登り、少し歩き下を見やると足が
すくんだ。ここを落ちたら間違いなく昇天するだろう。しばし、ここで修業してい
た山伏達のことに思いを馳せる。
大丹倉の帰り、丹倉【あかくら】神社をお参りする。ここも、巨大な磐そのものが、
ご神体として祭られていた。そこで参拝していると、どこか沖縄のウタキに近い雰
囲気を感じた。

原さんは、一月二日に家族の方と大丹倉とここ丹倉神社をお参りした時、一年ぶり
にある方とお会いしたと云う。その方の娘さんは、癌を患い食事を摂ることもでき
なかったが、この湧き水を飲ませたところ、しだいに飲むことができ、食事もでき
癌が治ったと云うのだ。そして丹倉神社にお礼参りに来られていたいたと云う。
水の力は計り知れないものがある。
いつの日か、熊野をじっくりと回らねば、と自分に言い聞かせつつ、原さんにお礼
を言い握手をして熊野を後にした。

「石を祭る」作品作りをされている原秀雄さんは、もしかしたら、熊野の“石”の“意志”
に突き動かされているのかも知れない、いやきっとそうに違いない。

いま、走るフォトダマ号の中には原さんからいただいた「※森の卵」が揺れてる。
 
 ※森の卵〜かづらを鳥の巣のように巻き、中に小石が入っている花器の作品。


             近江八幡にて 2005.1.11   須田郡司拝


● フォトダマ通信後記

◇ 新年明けましておめでとう御座います。
  本年も、メールマガジン「フォトダマ通信」を宜しくお願い申し上げます。
  また、年賀状のご挨拶は石巡礼中につき、メールマガジンにて失礼させて頂きます。
  この場をお借りして、ご報告させて頂きます。

☆ 巡礼宿のお礼。
  弦巻温泉のけいすけ&さなえさん(12/21)、あざみ野のたかしさん(12/24.25)、
  八ケ岳のかずちゃん(12/29.30)、十津川のかずら工房の原さん(1/4)、
  レイヴンの原さん(1/7)、休息と栄樹をいただきまして感謝申し上げます。

◎ 今後の予定
  前回のメールマガジンでは、四国石遍路を旧暦元旦からスタート予定と書き
  ましたが、旧暦元旦が2月9日になるため、もう少し早め(1月後半)に出
  立することになりそうです。

◎ 最後の独り言
 スマトラ島沖の大地震のニュースには驚いた。その日が、満月だったことがニュ
 ースでは聞かなかったように思う。イラクニュースは、ぶっとびはしなかったが
 アメリカはどこか焦っている感じがする。先進諸国(?)の緊急援助の声明は、
 多数の「天国での死者」がでたからだろうと思う。そこには、いまだ南北問題の
 影がチラリと感じる。地上の楽園は、他国に見つけるのでは無いと思う。現地で
 の亡くなった被害者の方々の御冥福を心より祈る。




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