□■■□    フォトダマ通信 Vol.24「丹後」の巻     □■■□

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11月30日、道の駅「ガレリア亀岡」で朝を迎えると、見事な虹のアーチが新生
フォトダマ号を覆っていた。こんな見事な虹を見たのは、阿蘇以来のことだ。
丹後石巡礼のはじまりに素敵な贈り物をいただいたと思い、私はカメラで虹を
収め一路丹後半島を目指した。

京都に住む友人のスティーヴンは、大学講師をしながら「生け石」という独特の
表現活動を続けていた。世界各地や日本各地を旅をして出会った石を集め、それ
をペア石として飾る。そこには、彼の英語の俳句が添えられる。イギリス俳句協
会の会員でもある彼は、日本のイワクラ信仰に造詣が深い。
スティーヴンとの出会いは、1995年、宗教哲学者鎌田東二さんがプロデュースし
た「石の宇宙」展(北沢ギャラリー、神保町)に石の写真で参加したのがきっか
けだった。彼から丹後地方、久美浜の甲山(兜山)の「人食い岩」の話を聞いた
のは数年前、それ以来、ぜひ訪ねて見たいと思っていた。

丹後の地は、初めての場所だった。新生フォトダマ号は快適な走りで、久美浜に
向かった。到着した私は、さっそくスティーヴンに電話をすると、神谷太刀神社
にも凄い磐座があるのでぜひ行ってみたらとのアドバイスを頂く。
久美浜町は、この秋からいくつかの町と合併し京丹後市となっていた。町の中心
部は、古い建物も多く風情ある景観を見せる。役場の観光課や教育委員会で石情
報を調べ、さっそく甲山に向かった。

甲山は形が兜に似ていることから兜山とも呼ばれていた。山の入り口からしばら
く走ると山肌に岩が見える。これが人食い岩だと思い、車を止め下から撮影した。
その後、麓の駐車場に車を置きさっそくカメラ機材を担ぎ甲山へと登った。八号
目付近に人食い岩の看板を見付けて岩に向かうと、岩の付近の松が薙ぎ倒されて
いた。台風23号の影響だと思った。丹後に向かう途中、何ヶ所にも渡って台風被
害の様子を見かけていたのだ。

《岩が人を食うという。昔話によれば「昔、この山に入った木こりはだれも帰って
こなかった。山を荒らされると思った岩が食ってしまったという。ある時、腕に自
信のある若者が、岩と術くらべを挑み、すっかり仲良しになった。岩はうっかり苦
手な赤土の事を話してしまい、岩に赤土を塗ると、それから人を食わなくなったと
いう」(久美浜町の昔話ふるさとのむかし話、1977.2 久美浜町教育委員会より)》

人食い岩の上で、しばらくムビラを奉納し撮影をする。
甲山に上がると山頂には熊野神社が祀られていた。丹後半島の西方は熊野郡の地名
が残ることから、古くから熊野修験とのつながりがあると地元の人から聞いた。
山頂からは、久美浜周辺を一望でき眺めはすばらしかった。しかし、山頂近くの壊れ
た公衆トイレ、展望台付近には空き缶が散らばっていた。10分くらい拾っただけでビ
ニール袋はいっぱいになっていた。

その後、久美浜駅近くにある神谷太刀神社を参拝する。やはり台風23号の影響で木々
は倒れ、神社にはブルーシートが掛けてありどこか痛々しい。道向こうの八幡神社に
お参りすると、神社の右奥に磐座群が鎮座していた。磐座の前には、縦看板に次のよ
うに書いてあった。
「磐座…古代には、社殿祭祀以前には神様をお祀りした神聖な場所です。特にこの石
段付近は近年まで女人禁制の所でした。」
日本の聖域には、女人禁制だった場所が少なくない、しかし反面、沖縄には男子禁制
の場所が今でも存在する。性における聖地の差異(区別)意識は、いったいどこから
きているのだろう。このことは今後の石巡礼の中でも意識して考えてゆきたいと思う。

磐座には苔が生え、階段状に上に向かってまるで意図的に配置しているかのように見
えた。私はムビラを奉納し、しばらく撮影をつづけていた。すると、光の矢のような
西日が磐座に当たり、辺りは黄金色の帯に包まれようとしていた…。

丹後半島では、久美浜の甲山(兜山)の人食い岩、神谷太刀神社の磐座、立岩、屏風
岩、浦島神社、新井崎神社の箱石、真名井神社の磐座などを巡拝した。
新井崎神社からは、この地方の漁師達の篤い信仰を持つ、冠島(雄島)と沓島(雌島)
を遥拝する。

丹後半島を巡っていると、この地方は美形の人が多いと思った。
それもそのはず、丹後半島には乙姫(おとひめ)、安寿姫(あんじゅひめ)、小野小
町(おののこまち)、静御前(しずかごぜん)、間人皇后(はしうどこうごう)、細
川ガラシャ(ほそかわがらしゃ)、羽衣天女(はごろもてんにょ)、いわゆる「丹後
七姫」縁の地でもあった。

丹後石巡礼を終え、滋賀の太郎坊、京都の笠置のイワクラを巡る。

             観音岩(交野山)の麓にて
                         2004.12.10  須田郡司拝


●フォトダマ通信後記

☆ 11月某日、元Bar「みぎわ」のオーナー新井さんの引っ越し前パーティーに参加。
  ピンポン、音靈、ムビラ…楽しい一時を過ごさせて頂き感謝申し上げます。新しい
  海辺でのご活躍を祈念致しております。

☆ 11月29日、京都造形芸術大に鎌田東二さんを訪ねる。美味しい中華料理をご馳走に
  なりありがとうございました。

☆ 12/4、嵐山に住むスティーブン&かずえ夫妻と再会し、巡礼宿と食事のお接待をい
  ただく。鍋をつつきながらのイワクラ談義に花を咲かせる。スティーブンには、滋
  賀の太郎坊を案内して頂く。紅葉の映える太郎坊は遠くから見ると、天然岩のピラ
  ミッドのようで壮観だった。お世話になりまして、ありがとうございました。

☆ 12/5、花園大学で環太平洋神話研究会に参加する。レイヴンの原さんからのお誘い
  で和歌山のmarちゃん、いまっちゃん、京都の杉原さんとも合流し、夜はちょっと
  した忘年会。花園大の丸山先生にはイワクラ情報のご提供、フォトダマ号を大学に
  置かせていだきまして感謝申し上げます。

☆ 12/6、京都山科の一燈園に巡礼宿と食事のお接待を頂く。熊本の髪結館吉田屋の吉
  田様からのご紹介で、あつ子様、山田様には大変お世話になり有難うございました。


●雑誌媒体のお知らせ
◇ 12/1発売「潮」(潮出版)一月号のピープルのコーナーに見開きモノクログラビア
  で紹介されました。

◇ 12/8発売「ムー」(学研)一月号に聖石巡礼6「不動岩」(熊本・山鹿市)を2P
  で掲載しております。

◇ 来年一月発売「春秋」(春秋社)に日本石巡礼1を文章・写真で掲載予定。
  合わせて、ご案内させて頂きます。どうぞ御覧ください。


◎ 『四国石遍路』〜石情報がありましたら、どうぞお寄せ下さい!来年の旧暦元旦から、
    日本石巡礼の流れの中で、徒歩で四国の石遍路を行ないます。期間は約三ヵ月間。
 八十八ヶ所や番外札所を歩きながら、石巡礼を行ないます。
    四国各地の石・岩・洞窟などの情報がありましたら、どうぞ須田までお知らせ
    下さい。宜しくお願いします。
 

◆  新生フォトダマ号と虹の写真を添付しました。
    http://ch.kitaguni.tv/u/1871/



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