□■ フォトダマ通信Vol.17「公園デビュー/ウスバエの海」の巻   □■

        
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◇公園デビュー

「ブルーシートの人達も随分増えたなぁー」夕日に染まり始めた西の空を眺め
ながら、一人呟いていた。
代々木公園のあちらこちらには、ブルーシートが張られていて特にNHK寄り
の森の中は多い。そこは、生活の匂いが感じられる。
今から16年前、代々木八幡宮のふもとのアパートに住みはじめた頃、代々木公
園は朝の散歩コースだった。それから、公園の風景も随分変わっていった。バ
ブルが弾けた頃から、しだいにブルーシートは増えていった。いまでは、いっ
たい何人もの人達がここを住みかとしているのか…。

7月某日、その日は記念すべき代々木公園デビューの日だった。
代々木公園駅近くの土手は、かつてよく出掛けていた。そこから眺める夕焼け
は、都会の中で細やかな安らぎを与えてくれた。今晩、そこで野宿をすること
にした。
芝生の上に横になって、この一ヵ月あまりの東京滞在をふりかえっていた。15
年半住んでいた代々木八幡宮ふもとのアパートは、もはや引き払っていた。東
京に来ると、知らず知らずのうちに代々木八幡付近に足を向けてしまう。八幡
神社は小高い丘にあり、都心の中にしてはまだ森が残っている社だ。

東京では、しばらく友人宅を転々としながら出版社回りをしていた。何とか石
巡礼を紹介できないかと思ったのだ。しかし、反応はいまいち、ある編集者は
「石巡礼ねぇ〜、地味だね。まだ一年も経たないで、売り込みは早いんじゃな
いの?三年後に来たら!」「オリンピックが終わった頃、また来て!」などと言
われ厳しい現実を感じた。しかし、中には「どうぞ続けて、また写真を見せて
下さい!」と言ってくれる編集者もいた。

今回、予定を変更して東京に来たのは経済的な事情があった。昨年、十月から
石巡礼キャラバンをスタートさせた時、多くの方々にご支援を頂き旅立つ事が
できたが、今回の沖縄、奄美へのフォトダマ号との旅は、想像以上の出費がか
さんでいた。松山での展示会を終えた頃、急遽、なんとか雑誌で連載をしてガ
ソリン代くらいは稼ごうと思いたったのだ。

更けゆく代々木公園で、いったい何のために東京へ戻って来たのだろう、と問
い掛けている自分がいた。すべての答えは自分自身の中にあるはずだ…。弱気
になったり、開き直ったりと心は複雑に揺れていた。
公園では、ブルーシートの人達が移動しはじめていた。彼らも、無事に一日を
終え、これから就寝に着くのだろう。彼らを見やりながら、ふと俺も彼らの世
界と紙一だなぁ、とつくづく思った。ものをほとんど所有しない彼らの生き方
は、半端では無い。ある意味において彼らは、都市社会が生んだ現代の出家人
のようにさえ見えてくる。

今年の東京は、異常な暑さだった。40度近い気温は、これまでに経験は無く、
温暖化の影響もあるのだろう。フォトダマ号で都内を走っていると、その暑さ
と渋滞で、氣が変になりそうになった。フォトダマ号は日陰を求めて、都内を
彷徨っていた。<フォトダマ号 陰を慕いて 都市巡礼>
残り少ない発砲酒を飲み干し、ぼーっとしながら暮れてゆく空を眺めていると
無性にムビラが弾きたくなった。ムビラは、唯一自身を慰めてくれた。やがて、
代々木の森に月が上り、睡魔がやってきた。
その夜、ある夢を見た。

満月の夜、私はある儀式に参加していた。そこは巨石群に囲まれた山頂の上の
ようだった。儀式にはネイティブアメリカン、アボリジニー、チベットの人々
が集まっていた。私はなぜかチベット人の僧侶達と一緒になって読経をしてい
た。それぞれのセレモニーが厳かに執り行われていた。満月も天井に上りはじ
めた頃、儀式は終わり直会になった。私は、すっかり酒に酔い痴れ気持ちよく
なっていった…。どのくらい経ったのか、一人休み、二人休み、しだいに人々
は眠りに就いていった。夜もふけた頃、私とある乙女がその席にとり残されて
いた。

我々は、明け方近くまで、飲み語り合った。白みかかった頃、我々は近くの森
を散歩することにした。山の近くの峰にはストーンサークルがあり、中心にメ
ンヒルがあった。メンヒルの横には、大日如来の仏像が祠られていて、自然に
お堂の前に進みより手を合わせていた。辺りには、台風の後のように枯葉が絨
毯のように敷かれていた。しばらして、どちらともなく竹箒で枯葉を掃きはじ
めていた。枯葉が山のように積もり掃除が終えた頃、御来光が辺りの石に光を
当てはじめていた…。

代々木公園の朝は早い。愛犬家達の集いで鎖を放ち喜び走る犬達の泣き声、ラ
ジオ体操の音で目を覚ました。
東京滞在は、石巡礼によって麻痺した現実とのバランス感覚を調整してくれた
ように思う。


△ウスバエの海

8月7日、日差しが少し傾きかけた午後、我々は足摺岬の近くウスバエ海岸の
竜宮神社にいた。十数人の一向が厳かに立っていると、鎌田東二さんのホラ貝
の音が辺りに響き渡った…。
ウスバエ海岸は、高知県の南西、土佐清水市にある。竜宮神社の鳥居を潜り、
しばらく木々のトンネルを過ぎると突然視野が広がり、黒潮に洗われるウスバ
エ海岸の岩場が姿を現わす。その光景は、何度見ても自然の神秘なる力を感じ
させる。

そこは、ガリバー伝説のある北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイ(柱
状摂理)に似ている。竜宮神社は、二つの入り江を挟んだ小高い岩場の上にあ
り、巨大な亀甲墓をも彷彿させる女体のホト的場所にある。
黒潮は、ここウスバエ海岸にあたる。海上の道、黒潮の入り口と出口であった
ウスバエ海岸には、古来から様々なモノが遣ってきては旅立って行ったのだろ
う。ジョン万次郎もこの海からアメリカへと渡った。

黒潮と言う巨大な龍体エネルギーは、ウスバエ海岸から上陸し、ウスバエの巨
石群、北代邸の風神アネモス、唐人駄馬を通り、白皇(しらお)山へと通って
いるように感じる。
その日私は、NPO法人東京自由大学の夏合宿で唐人駄馬の巨石群の案内をさせて
もらっていた。
早朝、足摺岬近くの金剛福寺を参拝し、その近辺の縁のある石を散策した。お
昼は、喫茶アネモスで食事を取り、北代邸の石庭「風神アネモス」を見学させ
て頂く。午後からは、唐人石群やアルゴー石、陽石、白皇山麓の石を訪ねた。
そしてフィナーレがここ、ウスバエの海岸だった。

竜宮神社で参拝を済ませた後、鎌田さんは言った。「それでは、皆さんはこの辺
りで散策して下さい。私と須田さんは、先にある岩場まで泳いできます」
「鎌田さん、まじっすかー?」私は思わず聞き返していた。金槌ではないが、
はっきり言って海は苦手だ、しかも黒潮の波が岩場に打ち付けるこのウスバエ
では…。鎌田さんの言葉は、もちろん本気だった。

三年程前、ある仲間達と唐人駄馬を巡った後、ウスバエの海で禊ぎをした記憶
が蘇る。入り江の中の海に入るだけでいっぱいいっぱいだった。
私は覚悟を決め、鎌田さんと波の少ない岩場を探した。ようやく、波の少ない
場所を見付け気持ちを整え、服を脱ぎはじめた。さっき、金剛福寺近くの白山
洞門の海で禊ぎをしたので褌は無かった。私は全裸になり、海へと入っていっ
た。我々は入り江から、外にゆっくりと泳ぎはじめた。入り江から外にでると、
しだいに波が高くなる。緊張した私の顔を見てか、鎌田さんは言った。「須田さ
ん、無理しなくていいからね」

外にでればでる程、波は荒くなり水温も下がって来る。ふと後ろを振り替える
と、ウスバエの背後の山々の岩肌が圧倒的な、威厳を持って迫っていた。しば
らくして、泳ぐのを止め、仰向けに浮かんだ。「引き返そう」そう思い、沖に見
え隠れしている鎌田さんに、叫んだ。
入り江に入ると、緊張感も薄らいできた。岩場に上がり、呼吸を整える。鎌田
さんは今頃、岩場に上陸出来ただろうか…。岩場は入り江から影になり見えな
かった。それから、しばらくして鎌田さんは無事入り江に帰ってきた。波の変
化が激しく、岩場に上陸するのを断念したと言う。しかし、あの荒波の中を泳
いで行ける鎌田さんは、改めて海の男だと実感させられた。

ウスバエの海は、どこか竜宮城の乙姫さまへの魅力がある。この海岸からいっ
たい何人もの浦島太郎が海へと誘ったのだろう。
鎌田さんのホラ貝の音は、波音と一緒になってウスバエに響き渡っていた。私
は、何かが変わった自分を感じながら竜宮を後にした。
ウスバエの海は、自分自身の力量を知らしめてくれた。

日向に来て三日目になる。鳥居龍藏著「上代の日向延岡」を参考に、石を巡っ
ている。浮石となかなか会えないが、明日また挑戦しようと思う!

                       2004.8.23 日向にて 須田郡司拝

◎ フォトダマ通信後記

☆ ここしばらく、フォトダマ通信が書けず、一ヵ月以上遅れた事にお詫び申上
 げます。その後、東京から四国、九州へと元気に旅を続けております。

☆ 東京やその近辺におきまして、何人かの方々に宿泊のお世話を頂き、誠にあ
  りがとうございました。

☆  7/16 「えん」(金沢文庫)でのスライドトークとムビラライブは、楽しい
   時を過ごすことができた。御来場下さった方々にお礼申し上げます。従姉の智
  ちゃんとご主人、一絵ちゃん、タンパリンの八重ちゃん、嵯山ゆりちゃん、来て
  くれてありがとう!またM太郎さん、イワクラのレポートありがとう!このよう
  な機会を作ってくれたマバズーワ改めジャカナーカ(ムビラグループ)のマサを
  はじめ、メグ、タケジー本当にお世話になりました!最後にえんのスタッフの方
  々に感謝申し上げます。

☆ 南伊豆の陶芸家倉前さんを訪ねる。子供達の成長に驚きながら、鵜コッケイや
   魚料理のおもてなしに、胃がびっくりしました。有難うございました。

☆ 長屋和哉の新居を訪問。標高1000メートルを超える地で、彼は新たな音の新境地
  を開拓しつつある。モンゴルの話、愛の話で盛り上がった。ありがとう!

☆ サンディアカフェでは、野外スライドショーをさせて頂く。きりさん、ともこさ
  ん、伊藤夫妻、また小淵沢の石をゆっくり訪ねます。

☆ 今治のジンバブエのくまちゃんと再会する。彼のサイト、ムビラジャンクショ
   ン(http://www.mbirajunction.com)はますます充実!大好きなムビラアーテ
  ィスト、ムビラゼナリラの演奏やインタビューも紹介しています。ムビラファン
  の方々は必見です。また、野性的なお父さんが採ったタコは最高でした。ありが
  とう!いま頃、ムビラキャラバン中だと思うけど、よい旅を続けてね!

☆ 奈良のお花ちゃんと久々に松山で合流し、坂村真民さんを訪ねる。お花ちゃんに
  とって真民さんはお父さんのような方で、お花ちゃんと話す真民さんは、常に笑
  顔が絶えなかった。真民さんには直筆の檜色紙「めぐりあいのふしぎにてをあわ
  せよう」を頂き感謝申し上げます。その後、唐人駄馬へ。唐人駄馬公園では旅人
  や寺を出たフリーの坊さんなど面白い人達と出会う。その後、中村市の四万十塾
  へ。木村とーる&ゆみちゃん達と久々に再会する。調度その時、中村市は大雨で
  土石流災害に見舞われ、とーる君はボランティアセンターを立ち上げるか検討し
  ていた。WPPD世界平和の祈りの日に、四万十塾はキッチンスタッフで参加し、一
  週間でトータル1万2食以上のオハウ(アイヌ語でハレの時に食べる鍋料理)を作
  った。そのプロセスは、まさに神事だったと言う。とーる&ゆみちゃん、スタッ
  フの皆さん、お元気で!10月の日中交流カヌートレックの成功を祈願してるよ!


☆ 今治の近藤邸へ。当初、フォトダマ号を預かってもらう予定が、今治から高知
  の便が悪く結局、翌朝高知にフォトダマ号で走る事にした。嬉しいことに、松山
  展で演奏をしてくれたエマさんが仕事帰りに訪問、楽しい一時を過ごす。近藤さ
  んお世話になりました!島らっきょ、美味しくいただきました。

☆ 8/6〜9 東京自由大学の四国・夏合宿で唐人駄馬の巨石群を案内させて頂く。ま
  た、スライド上映もさせて頂いた。鎌田東二さん、酒井孝さんをはじめ、皆さん
  には大変お世話になりました。北代さんには、白皇山麓の石をご案内頂き有難う
  ございました。最終日は、松山のもつ鍋「天神」で打ち上げ、鎌田さんは歌を披
  露し、二次会ではスナック高岡でカラオケに喉を全開!天神の戸田夫妻、高岡さ
  ま、お世話になりました。久しぶりの温泉宿で心体は元気になりました。

☆ 8/10 由布院でなっちゃんこと金森夏江さんと四年ぶりに再会!彼女の大学時
  代の演劇仲間てんさんを紹介頂き、その夜てんさんは急遽スライド&ビデオ上映
  の夕べを開いてくれる。極め付けは、由布岳を背景にした深夜の天体ショー、流
  れ星に願いを込めた。なっちゃん、てんさん、そして出会った魂に感謝!

☆ 8/12 オーガニックレストラン・ギャラリー花にてスライドショーを行なう。
  オーナーの平野さんとは、松山展の時、くまさんのご縁でお会いする。はじめケ
  ーキ屋さんからスタートし、20年もの間、有機農家を支援するために自然な素材
  を使ったレストランを始めたという。花はお堀の近くなお洒落な空間で、前の土
  蔵の壁でスライドを投影した。美味しい野菜料理を食べ、幻の焼酎を嗜みながら
  の素敵な時間を過ごす。平野さん、大変お世話になりました。

☆ 8/13〜15 大分県九重町の時松家にて農業実習を体験する。時松さんは、きじ
  屋をしながら完全無農薬の有機農業をされていた。合鴨農法での古代米作りや野
  菜を栽培していた。今回、ご縁を頂いた石の彫刻家くまさんと一緒に参加した。
  二日間の実習は、大豆と小豆畑での草取りだった。有機農業は、手を使う事を知
  る。時松さんは、農業以外にも、鳥の観察も続けていた。最終日の夜、時松さん
  の蜂の巣取りに同行する。時松さんは、蜂の巣取りの名人でもあり、NHKでも紹介
  された事のある腕前。その夜は、二ヶ所で大スズメ蜂の巣を取りに行った。手つ
  きは慣れたもので、あっと云う間に捕獲した。お陰で、その夜は大スズメ蜂の幼
  虫から成虫までの、唐揚げや炒め物をご馳走になる。お礼に築220数年の家でスラ
  イドショーをさせて頂く。このような機会を提供してくれた、くまさん、平野さ
  ま、そして時松ご夫妻に感謝申し上げます。

☆ 時松家のご縁で、日本文理大(大分)の杉浦さんから、阿蘇環境デザインセン
   ターの坂元さんをご紹介頂く。坂元さんとは、何年か前に、由布院の空想の森
  美術館で行なった猿田彦大神フォーラムのシンポジウム「九州のサルタヒコ」で
  お会いしていた。久しぶりの再会で、阿蘇や巨石について、いろいろお話を聞か
  せて頂く。

☆ 高千穂コミニュテーセンターの緒方さまには、考古学をはじめ石の話や様々な
  アドバイスを頂き、有難うございました。

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