■□        フォトダマ通信Vol.12              □■

 「日本石巡礼ゴミゼロキャンペーン・フォトダマ号のお色直し」の巻    
                                    
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「見えない役をやればいいんだよ!見えないものが訪れてきて、やがて去って行く。
見えない役が、実は郡ちゃんという存在で、ぱっと訪れては去って行く。’つまり稀
人をやりゃあいいって事だよ。フォトダマ号は、稀人の乗りもの。最初は稀人が来
て、ゴミを拾うって事を意識させたけど、それが去った後、そこにいる人は気がつ
いたら知らぬまにゴミを拾っていた。ゴミを拾う意識無くして無意識の内に拾っち
ゃう。そうなりゃあいいよね!」
昨年の暮れ、館林のスペース侑でオバナさんと川島さんとの会話だ。
沖縄に来て、日本石巡礼ゴミゼロキャンベーンなる言葉を使いはじめ、ゴミゼロの
行動を意識的に姶めてた。


キャラバンの旅に出てまもない頃、石の聖地の撮影をしながらゴミの存在が気にな
っていた。当初、撮影に邪魔なゴミを拾う程度だったのだが、いつしかゴミ袋を持
参し、周辺のゴミ拾いをするようになった。いつもやるわけでは無い、できる時、
無理しない程度にしている。
 「もしかしたら、この三年間の日本石巡礼は、ゴミ拾いをさせて頂く旅なのかも知
れない…。」などと冗談に思ったりもする。


昨年末、友人からC00COのゴミゼロ大作戦のDVDを見せてもらった。C00COは、東
京から故郷沖縄に戻り、二年近く海岸のゴミを拾っていたという。彼女は、途方も
無いゴミの多さに遣り切れない思いで歌を作り、一つでもゴミを無くそうと学校を
回ってば生徒達に呼び掛け、歌ったと云う。昨年8月15日、彼女の母校でのコンサ
ートは感動的だった。彼女の行動に、強く共感を覚えた。
カリスマ性を持つミュージシャンのメッセージは、多くの若者にゴミの存在を意識
させてくれたと思う。


沖縄に来ていつも感じる事だが、山の中や海岸でゴミを見るのは辛い。今回の旅で
も、沖縄本島はもとより、宮古、八重山でもゴミが目立っていた。沖縄の拝所(ウ
タキ)にも、プラスチックのコップやビニールなどが捨てられていた。自然に返ら
ないものを、大量に生産しなければ動かない現代システムだが、江戸時代のように
循環型なエコシステムにしないまでも、人々の意識が少し変わるだけで良い方向に
向かうと思う。
ささやかながら、石巡礼と平行してゴミゼロを続けてゆきたいと思う。


しばらく、沖縄本島の北部と中部にある幾つかのガマ(鍾乳洞)の聖地を巡ってい
た。ある方の案内のもと我々数人は、まるで巡礼者のごとく山の中のガマを巡って
いた。ハブに注意しつつ、鎌で道を切り開きながらガマを目指した。数日間も続い
たガマ巡礼は、沖縄の地下世界の持つ神秘なる働きと、自然への畏れを感じさせた。
目に見えない世界と見える世界は、一枚の葉の表裏のごとく隣合わせに存在してい
るように思う。


沖縄は、まさに琉球であり、龍神の玉(靈)が沖縄じゅうの島々の気脈を駆け巡っ
ているのかも知れない。
ガマ巡礼も終わりかけていた頃、中部のあるガマに入った。小さな穴から、ほぽ垂
直に伸びる梯で約10メートル程下りると、すり鉢の空間になっていた。蝋燭の灯り
が僅かに鍾乳洞の空間を浮かび上がらせている。


我々は一人づつになり、その中で瞑想をすることにした。私は一番最後に入った。
ムピラを持ち、小さな穴をやっと潜り、下へ降りてゆくと僅かなスペースがあった。
穴からは微かな光だけで、蝋燭をたよりにゆっくりと座った。一時間くらい経った
ろうか、しぱらくしてムビラを弾いた。


ガマの中ではムビラの音が響き、音塞の渦に満たされていった。その時ふと、ある
マントラを唱えはじめた。すると、何処からともなく「ゴメンナサイ」というやや
高い男性の声が聞えてきた。瞬間的に振り返ったが、だれもいない。唱えるのを止
め、しばらく瞑想を続けていた。あの声は、いったい何だったのか。このガマは、
自分の心の状態を写す鏡のような働きをしていると聞いている。「ゴメンナサイ」
とは、己の心の現れなのか?それとも単なる空耳だったのか?はっきりした事は未
だに分からないが…。


沖縄を離れる前に、フォトダマ号に新たな絵を入れたいと考えていた。できれば今
年から沖縄に住んでいるソフトンに描いて欲しかった。彼女に頼むと、快く引き受
けてくれた。「何を描くか、須田さんのイメージを考えておいて」彼女は言った。
真夏のような陽射しの中、コザのとある駐車場でムビラを弾きながら、これまでの
石巡礼や今後の旅のことをイメージしていた。その時、ケルト十字、沖縄と日本の
地図が立ち現われてきた。やがてソフトンがやってきて、そのイメージを伝えると、
彼女は筆をとりフォトダマ号と向き合った。あとは彼女にお任せし、近くでムピラ
を弾いていた。


暑い陽射しの中、約四時間もの間ソフトンはフォトダマ号に筆を走らせ、ようやく
完成した。後ろのドアの上部に彼女のアイデアの金環をもつ地球、左ドアには龍体
のごとく日本に月の輪、そして右ドアにはハートの矢の沖縄にケルト十字が描かれ
ていた。仕上げに日本にPEACE、沖縄にはLOVEの文字が入った。とても素敵な絵だ
と思った。彼女に心より感謝しつつ、フォトダマ号は、新たな絵霊のエネルギーを
いただき、沖縄を後にした。

 2004.4.21  (旧暦3月3日)

浜下りに!奄美群島北上の途上、ユンナ(与論)にて。 須田郡司 拝

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