■□□■ フォトダマ通信Vol.11「八重山石巡礼」の巻  ■□□■

    
                                    
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「この石のところで、黒い神様を見たんだ!」三歳になる幼子はそう語ってく
れた。
その石は小さな小川の中にあり、全体が緑の苔に覆われ卵状の形をしていた。神
様の姿は、小さいお爺さんだと云う…。


石垣市立図書館展示室での写真展も終わりかけていた頃、ある若いカップルが子
供を連れて写真を見てくれていた。どうも内地(沖縄では本土の意)から来てい
るようだ。彼は、写真を見終わってから「自分が、家を建て住んでいる近くに、
変わった岩があるので、もし来れるようなら案内します、連絡を下さい。」そう
言って名刺をくれた。
日本石巡礼キャバンの楽しみのーつは、地元の方との出会いである。キャラバン
をスタートしてやがて半年になるが、石をきっかけに多くの方々との出会いを頂
いている。嬉しいことに、石や岩に興味を持つ方から様々な石や岩の情報をいた
だいている。


3月14日、八重山での写真展が終了した。私は水を得た魚のようにフォトダマ号
に乗り石垣本島の撮影を開始した。
何人もの方から教えて頂いた北部の赤石(阻石のような不思議な石)、年輪のよ
うな石、若い花嫁が石に変わった伝承を持つアイナマ石、黒島の悲話を伝える野
底マーペー、屋良部岳山頂の磐座など…。
八重山には、実に多くの伝承を残す石や岩が存在する。ただ、今回は残念ながら
時間的に余裕が無く、離島まで足を伸ばす事はできなかった。
しばらく撮影をした後、写真展に来てくれて、石垣に家を作って生活している卓
さんの家を訪ねることにした。


卓さん家族は、石垣本島のとある集落にあり、まわりにはほとんど人家の無い深
い森の中にあった。
電話をすると、息子を連れ、家の入り口まで迎えに来てくれた。まるで獣道のよ
うな細い道を進むと、しだいに森の中へと入り所々に石や岩が顔をだしてきた。
急な坂道を下ると小川にでて、板の橋を渡ると金網のフェンスがあった。そこか
らが彼らの敷地になる。フェンスは猪避けだという。しだいに巨石が目につくよ
うになり、少し上がると高床をあしらえた手作りの家が見えてきた。奥さんは下
の息子を抱き抱えながら出迎えてくれた。


彼らは、東京から石垣島に移住して三年近くになるという。家を建てたのが昨年
の夏からで、幼子が神様を見たのは、建築中の時だったと云う。家の隣には菜園、
建築中のゲストハウスがあり、黒犬ビビを飼っていた。
二人はアクセサリーを作る仕事をして生活を営んでいた。初めの頃、石垣市内に
住んでいたが、作業が夜のため、あまり音をだせない。そんな中、たまたまこの
土地の物件と出会い購入したという。昼間は一歳と三歳の息子達と充分向き合い
遊びなから過ごし、夜、子供達か眠静まるとアクセサリー作りを始めると云う。
何とも豊な生活に見える。初めのうちはダニのような虫、夜の虫や蛙の泣き声の
騒音に悩まされたそうたが、一年近くなる今では慣れてきたと云う。しかし、ア
ップダウンのある細い道を十分以上歩かなければ車道にでれない状況で家を作る
のは並大抵の努力では無かったと思う。


パンツしか履かず裸どうぜんで自然の中で暮す子供達を見ていると、野性的な逞
しさを感じる。この子達は、現代人が忘れかけた、ネイティブな感覚を自然から
受け取りながら生きてゆくのだと思う。
1996年、マダガスカルを旅している時、トルコ在住で世界中を旅するある日本人
ファミリーと出会った。彼らが「アフリカの田舎に住む人々は、いまでも裸足で
生活する人が多いが、彼らはしっかり大地のエネルギーを受け取っている」と言
った言葉が印象的だった。マダガスカルのある聖地やインドのジャイナ教の聖地
、ヒンドゥー教寺院などには裸足でなければ入れない所が今でも多く存在する。
現代人は靴を履く事により、大地との繋がりが鈍くさせられたのかも知れない。
そうゆう自分もなるべく、撮影以外は雪汰を履くようにしている。


卓さんは、さっそく家の周りを案内してくれた。家の周りは、小川が東西に流れ
ていた。西側と東側では風景が違っていた。はじめ西側の幼子が神様を見た石か
ら、川添いに上がってゆくと巨木と岩、ドルメンのような岩、その上に小さい滝
場があり、家の裏には、巨石を組んで作ったような不思議な空間があった。東側
は石の大きさがより大きくなり、沢も深かった。しばらく、上がると石を組んだ
ような岩屋に水が流れ、季節によっては岩屋の中に、夕日が差すと云う。さらに
上流にはかつて作った堰があり、その上には多くの巨岩があった。


彼らの家は、ちょうど風水的に見て気の集まるところに家を建てているように思
えた。
撮影を終え、日が沈みかけている頃、夕食のカレーをご馳走になった。かつて東
京で移動カレー屋さんをしていただけあって、実に美味かった。
「次回来たときはゲストハウスにどうぞ!」と言う言葉にお礼をいい、別れを告
げる。
今でも、あの森の何処かに黒い神様が、彼らを見守っていることだろう…。

2004.3.30 天久のA&Wにて 須田郡司 拝

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