■□□■ フォトダマ通信Vol. 8

   「やまだひさしのラジアンリミテッドDX初登場」の巻  ■□□■
                                    
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旧暦元旦(1月22日)の朝、琉球エクスプレス号はフォトダマ号を乗せ二時間
遅れで那覇の安謝新港に入港しようとしていた。やっと船酔いから解放される!
そう思いながらデッキから那覇の街を見下ろすと、東の雲から日が差しはじめて
いた。

1月20日夜、大阪南港を出航した大島運輸の琉球エクスプレス号は快適な航行を
していた。しかし、21日の昼頃に鹿児島大隅半島を過ぎた辺りから、船はしだい
に揺れはじめてきた。
二等客室の乗客は十数人で、広い部屋はゆったりとしていた。この船には食堂
は無く、カップ麺かレトルト食品の自動販売機が備えられていた。しかし、携帯
用のガスコンロを持参したので、食事に不自由は無かった。特に今回は、大阪で
直火用炊飯焼き物を購入したばかりで、さっそくご飯を炊いてみると実に旨い。
これは感動ものだった。


船にはアポリジニーの伝統的な楽器ディジュリドューを持参している若者がい
た。彼は顎から口まで見事な髭をたくわえ、まるで仙人のようだった。
私は2001年、中東へ行くために髭を生やしはじめて三年になるが、相変わらず
山羊髭のままで、何たる違いか。
髭同士は、なぜかお互いが気にかかるようだ。我々はしだいに話すようになり、
山梨に共通した友人がいたり、拙者の本「VOICE OF STONE」を持っているとい
うのには驚いた。世間は狭い。会話も弾むと、いつしかムビラとディジュリド
ゥーのセッションが始まっていた。しかし、そんな楽しい時は、長くは続かな
かった。


奄美大島に近づくにつれ、船の揺れはさらに激しくなってきたのだ。やばい!
と思った時、トイレに駆け込んでいた。第一回目の市場を開いてしまった!
やがて船は奄美大島の名瀬港に入港した。仙人のような彼は、ここで下船し、
しばらく洞窟で気孔と瞑想の修業するという。また会おうと別れを告げた。


ゴルフ君と出会ったのは、まだ九州に近づく穏やかな海を航行している時だっ
た。いつもパソコンの前にいながら、時折携帯で話していて忙しそうにしてい
た。何日かぶりのシャワーを浴び、気持ち良く一人でムビラを弾いていると、
彼は「きれいな音色ですね」と声をかけてきた。彼はFM東京のラジオ番組
「やまだひさしのラジアンリミテッドDX」のADだった。全国ネットのこの番
組はDJやまだひさし氏が全国をエコカーでキャラバンをしながら、地方局を回
っていた。


FM沖縄での放送で沖縄に入る当日、彼は飛行機に乗り遅れたのだという。番組
プロデューサーは、彼にヒッチハイクで東京から大阪まで来るように命じ、リ
スナーの力を借りようやく大阪に辿り着きこの船に乗ったという。
番組のコンセプトはエコロジーで、エコカーでキャラバンをするというのも、
何とも羨ましい。実は、私自身もはじめエコカーで回りたかったのだが、予算
的に無理だった。日本石巡礼キャラバンの話をすると、番組に声で参加しても
らえませんかと言われた。

翌日、深夜の一時過ぎ、電話でのオンエアを待っていた。しかし、その時、船
の揺れは激しさを増し、電話口で今にも市場を開きそうになり、もがいていた。
 「もうすぐですよ」とゴルフ君も船酔いで苦しそうに告げる。「ごめん、ちょっ
と失礼!」トイレに駆け込み、二度目の市場を開いてしまった。急いで戻って、
何とか間に合った。電話越しにDJやまだひさし氏と話すことができた。対話
では船でのゴルフ君との出会いや、日本石巡礼キャラバンの事を紹介して頂く。
キャラバンつながりという事もあって、那覇の港に着いたらぜひ写真を撮って
欲しいと頼まれる。


わずかではあったが、全国ネットのFMオンエアーデビューは、船酔いという苦
しい中で無事終わった。
その後、ゴルフ君は、まるで死んだように眠っていた。生放送というものは実
に大変そうに見えた。


やがて、船は那覇の安謝新港に接岸しようとしていた。デッキから見下ろすと
マイクを持ちビデオを回す一行の姿が目に飛び込んできた。ゴルフ君を迎える
その一行はラジアンリミテッドのDJやまだひさし氏とスタッフの人達だった。
フォトダマ号はゆっくりと、エコカーに近づいてゆくと、その一行に拍手で迎
えられた。マイクを持っている人は、やまだひさし氏だった。彼はフォトダマ
号に番組のスッテカーを貼ってくれた。

 「THINK GLOBALY ACT LOCALLY やまだひさしのラジアンリミテッドDX」

エコカーのボディーには、さまざまなメッセージが書かれていて、私もフロン
トに「日本石巡礼」と書かせて頂く。
彼は「三年後のキャラバン終了後、ムピラを番組で弾いてください!」と云い
「喜んで!」と私は答えた。一行の撮影を終え、握手を交わし別れを告げた。
フォトダマ号は一路、久高島へと向かった。


沖縄に来て二週間になる。久高島での旧正月からはじまり、沖縄県立芸術大学
や沖縄大学での講義体験、そして那覇市民ギャラリーでの写真展(1/27-2/1)
を無事終えた。恩師や先輩、そして友人達が来てくれ至福の時を過ごすことが
できた。
たまたま、同時開催で首里高校染色デザイン科の卒業制作「そめおり」展も開
かれていて、乙女達との交流も楽しい一時だった。

展覧会最終日、ある乙女は小さな包みを私に手渡すや、進学の準備でそのまま
東京へと旅立って行った。
彼女は私から三つのことを感じたと、その手紙に書いていた。
ひとつは、一石の写真や旅の話は人の視野を広げ、人を幸せにすると。ふたつ目
は、私が誰にでも笑顔で接しその笑った顔が好きだと。みっつ目は、私が少
年の心を忘れず、旅の話の時、目を輝かせ楽しそうに話すと…そして、いつま
でもそんな人でいて欲しいと…袋の中には手作りのチョコとお酒のつまみが入
っていた。

何とも嬉しい言の葉だと思った
写真展は静の表現だが、写真を通して人との交流を楽しめ、学ぶ事も多い。
さて、動の表現、石巡礼にそろそろ出掛けることにしよう!

           2004.2.4 立春の浦添城址にて 須田郡司 拝

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