■□□■ フォトダマ通信Vol. 3 「筑波山」の巻   ■□□■
                                    
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満月の夜、小雨の音と虫達の声に急かされながら筑波山を下山していた。木立の
隙間から時おり、雲越しに月灯りがもれ、辛うじて道の気配を知らせてくれる。
湿った道に何度も足を滑らせながら、肩に担いだ三脚でバランスをとっていた。
どうも下山道を間違えたようだ。気がついたときは、下山しはじめて部分は過ぎ
ていた。かなり急な坂を一気に滑り下りてきて、再び引き返すには遅すぎていた。
とにかく、下りて行けば何とかなるだろう。そう思い、深い森の中を目を懲らし
ながら歩いて行く。辺りは、すっかり闇に包まれてしまった。体全身で感じなが
ら歩く。いったい闇の恐さは、どこからくるのだろう。視界が働かなくなると、
他の五感、特に聴覚が敏感になる。そこには音霊の世界が待っていた。せせらぎ
の水の音、虫の声、風になびく葉音、枯葉を踏みしめる足音…異界に踏み入こん
でしまったような…。

「何にも見えないね!」「雲の上にいるようだ!」カップルの会話が聞こえてく
る。筑波山山頂の岩場からの眺めは、どこを見ても真っ白な霧だった。天気が良
ければ関東平野を一望できるはずだ。何組かのカップル達は、残念そうに眺めて
は記念写真を撮っていた。近くの岩場に座リムビラを弾いていると、しだいに雨
露がムビラと指に絡み、しっとりした感触になる。雨音、風音、ムビラの音色が
融合してゆく。贅沢な時が流れて行く…。

筑波山神社を参拝するのは十二年ぶりになるだろうか。弟夫婦がこの神社で結婚
式を挙げて以来になる。久しぶりの筑波山登拝は出発が遅れ、山頂に着く頃には、
午後三時をまわっていて、小雨も降り辺りはすっかり霧に覆われていた。その光
景は筑波山の神威をより感じさせてくれる。筑波山は男体山と女体山と呼ばれる
二つの山が対になってあり、たくさんのイワクラが点在していた。カラフト探険
で知られる間宮林蔵が、旅立つ前に祈願したと云われる立身石は、巨大なイワク
ラだった。いくつかのイワクラを撮影していたが、やがて霧でその姿は消えてし
まい、撮影をあきらめ女体山の社を詣で、ムビラを奉納することにした。明日も
うー度登ろうと心に思い、女体山を後にした。小走りに下へ下へ向った。

どのくらい歩いたのだろう。闇の中では時間の感覚が分からなくなる。それと同
時にあらゆる想念が浮かんでは消えてゆく。約10年位前になるが、日光修験道の
秋の峰入りに参加した事がある。栃木の満願寺から中禅寺までを約1Z時問かけて
夜間徒走行を行なった。日光を開山した勝道上人ゆかりの場所を巡りながらお経
や祝詞を唱え、山の気を感じながらの徒走たった。闇の中の徒走は、己の過去を
走馬灯のように振り替えらせ、どこか、死と再生の擬似体験をしているような感
覚になったのを覚えている。その時唱えたことぱ「さんげーさんげーろっこんし
ょうじょう」を無意識に声にしていた。いま、歩行をさせられているのだと思っ
た。ことぱを発すると不思議と想念を吹き払ってくれた。しばらくすると視界が
広がり、ある広場のような場所にでた。そこにはコンクリートで作られた休憩場
所があり、遠くに家々の灯りが見える。どうもキャンプ場らしい。さらに歩いて
ゆくと、街頭らしき灯りが見えてきた。闇の中から灯りを見ると、急に安心感が
でてきて、現実世界に戻されてしまうのも不思議だ。やがてコンクリートの車道
がでてきて、ひたすら下って行く。車道は山道と比べ実に歩きにくい、そんな事
を考えていると急にお腹の虫が鳴りはじめた。‘そういえば、朝食べてから、何も
食べていなかった。石巡礼の間はほとんど二食の生活だか、山道の疲れで空腹感
がやってきたのだ。ようやく民家の灯りがちらりはらりと見え、やがてコンビニ
の前にでた。さっそく、中に入リパンとコーヒを買い筑波山行きのバス停を聞い
た。バス停は、歩いて20分位の所にあった。ちょうど筑波山駅行きの最終便だけ
があり、祁分もすればやってくる。小雨をしのげる場所も無く、雨に打たれなが
ら一息入れて待つことにした。結局下山するまで約二時間半かかり、反対側の里
に下りたことになる。闇の中では何時間も歩いたかと思われたが、以外と短い時
間だった。

ようやくバスが近付いてきたので、待ち焦がれたように手を挙げた。バスは一旦
停まりかかったものの、走り過ぎてしまった。しばらくバスを追い掛けたものの
間に合うはずもない。しばらく呆然として、立ち尽くす。しかし、すぐに怒りが
込み上げてきた。さっそくバス停に書かれていた関東バスの営業所の電話番号を
控え、筑波山方面に歩くことにした。一体どうして停まらなかったのか、定期バ
スに乗車拒否をされたのは初めての体験だった。今までの疲れや寒さもすっかり
忘れ、怒りの心でひたすら歩いていると、ある酒屋があったので乗車拒否の話を
すると、店主は「最近、関東バスの運転手は態度が悪いんだよね」と言っていた。
しばらくして、あるコンピニがあったので、公衆電話で早速営業所に怒りをもっ
て抗議をした。しぱらくすると、バスの運転手が電話口にでて言った言い訳は
 「気付かなかった」の言葉だった。その声の響きに反省すら感じられず、怒りは
絶頂に達し大声で怒鳴り付けていた。まわりにいたコンビニの客が驚いていたが、
大声をだした事に自分自身も驚いていた。インドや中国ではしばしば、喧嘩越し
になり大声をだしてやり合うことがあるが、日本では滅多に無い。運転手は「い
まから迎えに行きます」と言って電話を切った。我に返って、大声をだした事を
コンビニの客と店主に謝った。15分位すると自家用車に乗った運転手はやって来
て丁寧に詫びた。自分も言い過ぎた事を詫び返した。運転手は筑波山神社近くの
市営駐車場まで送ると言い、結局送ってもらう事になった。

翌日も雨だった。筑波山登拝を断念し、「カガイ」の地と云われる夫女が石に向
った。筑波山麓にある「夫女が石(ふじょがいし)」には、陰陽二石がまるで寄
り添うように並んでいた。カガイとは歌垣(うたがき)ともいわれ、古来、筑波
山に多くの男女が集まり、互いに歌を懸け合い、舞踏して楽しんだと伝えられて
いる。雨に打たれているそれら二石をゆっくりと撮影しながら、辺りを歩いてい
ると、まるで歌垣をしている古来の人々の面影が浮かび上がってくるような錯覚
になる。夫女が石は、筑波男大神(いざなぎのみこと)、筑波女大神(いざなみ
のみこと)の夫婦二神を主神とする筑波神社の神々を象徴している。それが今日
まで夫婦和合、縁結びの神として広く信仰を集めているのかも知れない。夫女が
石の近くには、こんな歌碑が立っていた。

「鷲の住む 筑波の山の 裳羽服津の 其の津の上に あでもひを をとめをと
この 行き集ひ かがふかがいに 人妻に 吾も交らむ 吾が妻に 人も言問へ
此の山を うしはく神の 昔より 禁めぬ行業ぞ今日ねみは めぐしもな見そ
 言もとがむな」(高橋轟麿、常陸風土記一七五九より)
筑波山の神は、何と大らかな事か…。

      石巡礼の途上、奈良山添にて 須田郡司 拝 2003.11.25

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